#8人生イージー

こんにちは、皆さんは何かに悩んだり落ち込んだり将来への不安がありますか?もし当てはまったらもう少しだけ読み進めてみてください。

私の座右の銘は人生イージーです。軽く聞こえるかもしれませんが、私は本当に人生は楽しいゲームというような感覚で生きています。もちろん何不自由なく生きてきたわけではありません。

仕事もお金もなくホームレスになったり友達の実家に居候させてもらったり、食べるものがなくて安いドッグフードを買って食べたりと、大抵の人からすれば人生イージーでは無いような状況を経験してきました。しかしそんな時でも私はそんな状況を心から楽しむ事ができました。

なぜなら自分の中での幸せの定義があったからです。 

幸せの定義

私の幸せの定義は自分の好きな人達を大切にすること。周りではなく自分自身を比べて成長させられていること。大きく分けてこの二つが私が人生で「楽しい」と感じる時の要因です。

周りと比べて焦ってしまう事もありますがそんな時は自分の幸せの定義を思い出すようにしています。

人生生きているだけで丸儲けです。最近はSNSの発達によりすぐに周りと比べることができるようになりました。無いものねだりが知らぬ間に定着してしまっていると思います。他人と比べることをやめればスッと楽になれるはずです。

「自分は将来何がしたいかわからない」という悩みをよく耳にします。そんな事全く気にしなくて良いと私は思います。

その不安や焦りは結局のところ周りと比べた結果から来ているからです。私は周りよりも自分の心に問いかける方が大切だと思います

自分の心に素直になる

小さい頃から私は勉強=正義、遊び=悪というような概念に疑問を抱いていました。よく「今楽をしていると後で痛いめを見るぞ」などと言われたんではないでしょうか?

皆さんも学生の時、課題や勉強をしたときは「やったぞ!」というような達成感を感じたことがあるかもしれません。

逆に遊んでばっかりいると何か自分はダメな方に行っているのではないかと何とも言えない焦りを感じた事があるかもしれません。

そこで立ち止まって考えてみて欲しいです。「あなたの心がそう言っているのか」はたまた「あなたの頭が社会的な物差しを使ってそう言っているのか」

焦りを感じる場合、大抵の場合は後者です。特に日本人の場合「辛いことや苦しいこと」に立ち向かっている時に「私は頑張っている」”有意義”に感じる事が多いような気がします。これは仏教的な考えが知らず知らずのうちにインプットされているからだと思います。

でもはたして辛いことをしているから良いのでしょうか?

わたしの考えではそれは必ずしも当てはまりません。辛くてもその先に自分がやりたい事や楽しいと思える事がある場合わたしは進んで辛いこともしますが、それがただ単に辛いだけでその先に何も無いようなものならばやりません。

みんないつかは死んでしまいます。その死ぬまでの期間をどれだけ「楽しい」で埋めることができるかが重要だと思います。わたしの中では人生とはどれだけ「楽しい」で埋め尽くすことができるかというゲームです。

社会的な物差しに縛られるのではなく自分の心の物差しに従って生きてみてください。きっと楽になれるはずです。

自分の心があまり分からない人はまず自分が「嫌だ」「辛い」と思うことを認識し、なぜそれが嫌なのか原因を突き止めてみてください。そうしていくうちに「楽しい」という感情にどんどん気がついていくはずです。

皆様が心の底から人生を満喫できますように。

最後までお付き合い頂き有り難うございました。

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